出会いを探すためのとっておき
一目見ただけでは単純な構図に見えるかもしれないが出会いを探すと言う行動は実際のところ複雑に見えて実際にはさほど難しいものではない、たしかに面倒くさい絡まり合った人間関係の構図のように見えるが仕組みと関係性さえ理解してしまえばどうという事はないただの蝶々結びのようなものである、結局出会いを探すという行為なんてものは出会いを探すだけなのだから息をするようにできて当然な事なのである、むしろ出会いを探す行為が行き過ぎた結果暴走してしまうという展開の方が後々始末が悪く性質も悪いのでやはり探すにしろ暴走するにしろ過ぎたるは及ばざるが如しの言葉の通り、何事もほどほどが一番良いと言う事は既に世界が証明している。
出会いを探します、いいや探したい!
出会いの絶対数というものがもしも決まっているとしたらアナタならばどうするだろうか?さながら椅子取りゲームのように必ず誰かが椅子から転がり落ちるという状況に対してアナタは果たしてどのような行動を起こすのかは非常に見物ではあるが、現在の日本に限った話しで言えばむしろ問題と言えるのは出会い系サイトにおける椅子に対して出会いを求めて出会い系サイトに登録してくる男性の比率のソレと出会い系サイトに出会いを求めて登録してくる女性の数がそもそも釣り合っていないというどうしようもない現実の方が深刻であり残酷なのだ、つまりどういう事なのか?そんなものは簡単だ座れる男性一人にたいして椅子から転げまわった男性が999人出るって事さ。
出会いは奥が深く広大である
そしてよくよく考えてみるに出会いを探すという行為は果たしてコレほどまでに何かを犠牲にしてまで挑まなければならないような人生の必須項目だったろうか?現代が少子化高齢化しているなんて言っているが、そもそもその少子化という懸念だってバブル時代の脳味噌エアヘッド達の考えた『いつまでもこの夢のような時間が続く』という前提の元に設定されているというだけで現代の日本の状況を鑑みると、別に困ることなど何もないではないか、年金の破綻した現状で未来を背負う子供がいなくて大問題なのは現代のジジババ連中だけであり、そもそも現代の落ちに落ち混んだ日本の現状を作り上げたのはまぎれもないその老人たちではなかったか?つまり我々はそれぞれもう好き勝手してしまえばいいのである。